重厚な「映画」を観た充足感。──『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』

1月30日から上映が開始された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』。 昨日、1月31日の最終上映に滑り込んできました。


前作(第1部)から随分と時間が空きましたが、待たされた分、あるいはそれ以上の価値がある「映画」を観たという、深い充足感に包まれています。今回は物語の核心には触れない範囲で、その興奮を書き残しておこうと思います。

重厚なドラマが紡ぐ「ハリウッド超大作」のような手応え

一言で言えば、個人的には前作を上回るほどの大満足でした。 先日観た劇場先行版『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』が、軽快でテンポの良い「新時代のガンダム」だとしたら、本作はどこまでも渋く、重厚。

SNSなどで「ハリウッドの超大作を観ている感覚」という感想を見かけましたが、実際に劇場で体験してその言葉の重みがよく分かりました。背景美術の緻密さ、そして光の演出。一画面に込められた情報の密度が凄まじく、これだけのクオリティを維持するためにこの歳月が必要だったのだと、妙に納得させられてしまいます。


※ここから先は、核心的なネタバレは避けているつもりですが、少しでも情報を入れずに鑑賞したい方はご注意(ブラウザバック推奨)ください。


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「死の匂い」が漂う、リアルな戦場の描写

本作の魅力は、単なるMS(モビルスーツ)同士のぶつかり合いではありません。 ハサウェイ、ギギ、そしてケネス。この3人の人間ドラマが物語の核になっています。

特に印象的だったポイントをいくつか挙げます。

  • 壊れゆくハサウェイの危うさ
    かつての第二次ネオ・ジオン抗争(逆襲のシャア)でのトラウマを抱え、どこか心が壊れかかっているハサウェイの不安定さが、より前面に押し出されていました。彼の「揺らぎ」が、物語全体の緊張感を生んでいます。
  • 「暗さ」がもたらすリアリティ
    SNS等では「戦闘シーンが暗くて見えにくい」という声も散見されますが、個人的には全く気になりませんでした。映画館の設備による差もあるかもしれませんが、むしろこの戦場において、煌々と明るい方が違和感がある気がします。
  • 肌を刺すような戦闘の質感
    派手なアクションを見せるための演出ではなく、戦場に放り込まれたときに感じるであろう「恐怖」や「死の匂い」をリアルに表現しています。観客として見守るというより、その場に立ち会っているような感覚に近いかもしれません。
  • 『逆襲のシャア』という前提
    クライマックスの興奮を100%味わうためには、やはり『逆襲のシャア』を事前に予習(あるいは復習)しておくことを強くおすすめします。歴史の繋がりを感じるからこそ、こみ上げてくるものがありました。

おわりに

本作は、間違いなく傑作だと思います。 ただ、好みが分かれる作品であることも事実でしょう。渋い人間ドラマの比重が高いため、「MSの派手な無双シーン」だけを期待して観に行くと、少し退屈に感じてしまう可能性もあります。

しかし、一人の大人の観客として、この密度で描かれる政治や戦争、誠実に描写される個人の苦悩は、非常に見応えのあるものでした。

最高に満足した一方で、一つだけ贅沢な悩みを言うならば……。
「果たして、次回作までまた何年待つことになるのだろうか」

そのことだけが、今から少し気にかかっています。

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